3月13日の「しくじり先生」に元マラソン選手の瀬古利彦さんが出演されますね。

瀬古利彦と言えば国際大会を10度も制し史上最強のマラソンランナーとの声も多いですが、なぜかオリンピックだけメダル無しという成績に終わっています。

今回は瀬古利彦さんがなぜオリンピックだけメダル無しという成績に終わっているのか書いていきたいと思います。

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瀬古利彦のプロフィール

瀬古利彦

それでは瀬古利彦さんのプロフィールから見ていきましょう。

名前:瀬古利彦(せこ としひこ)

生年月日:1956年7月15日

出身地:三重県桑名市

身長:170cm

体重:62kg

wikipediaより引用

現在、瀬古利彦さんはDeNAのランニングクラブの総監督をされています。

瀬古利彦はなぜロサンゼルスオリンピックでメダル無しだったの?

瀬古利彦さんは1980年のモスクワオリンピックの代表に選ばれていたのですが、日本は国際情勢による理由でボイコットとなり出場できませんでした。

それ以降も瀬古利彦さんは連戦連勝街道を歩んでいきました。

そして1984年ロサンゼルスオリンピックでは序盤は先頭集団に入っていましたが、35km地点以降先頭集団から外れてずるずると後退していって最後には14位という結果に終わってしまいました。

瀬古利彦さんはラストスパートが持ち味でしたので、得意の35km地点からの追い上げが振るわなかったのは無念でしたでしょうね。

瀬古利彦と言えばマラソン選手としては異例な400mを49秒で走るほど中距離が得意な選手でしたからね。

他では圧倒的な強さを誇っていたのですが、ロサンゼルスオリンピックでなぜメダル無しに終わってしまったのか理由を書いていきたいと思います。

体調不良だった

瀬古利彦さんはロサンゼルスオリンピックが開催された1984年の年明けから体がだるくて不調だったそうです。

そこで休んでおけば良かったのですが、ロサンゼルスオリンピックが控えているということもあって体に鞭を打ってハードな練習に励んでいたそうです。

そして7月には瀬古利彦さんの監督である中村清さんが「癌になった」と報告を受けて「休ませてほしい」と言う暇もなかったのです。

そしてロサンゼルスオリンピックの2週間前には試合前のプレッシャーによるストレスもあって大量の血尿が出てしまいました。

ドーピング回避の為に漢方薬を飲んだのですが、今度はその副作用で下痢に悩まされ脱水症状を起こしたそうです。

こんなコンディションで本番を迎えてしまったので、42.195キロを完走するだけでも大変でしょうね。

夏マラソンが初めてだった

瀬古利彦さんはロサンゼルスオリンピック以前まで連戦連勝を重ねてきたのですが、いずれも冬とか春先とか寒い時期でのマラソンでした。

しかしロサンゼルスオリンピックが行われたのは8月の暑い時期!

瀬古利彦さんにとって夏マラソンは初めての経験でした。

もちろん夏マラソン対策としてグアムやニュージーランドで合宿して暑さに慣らしたのですが、それでも瀬古利彦さんの本来の力が発揮できませんでした。

瀬古利彦さん自身はこの「夏マラソンだった」ということがロサンゼルスオリンピックでの最大の敗因だと語っています。

練習後に金髪のガールフレンドとディスコ通いしていた?

瀬古利彦さんはしくじり先生のオンエアでも打ち明けていますが、オリンピックの不安やプレッシャーなどからくる不安を紛らわす為にマラソンの練習後に金髪のガールフレンドとディスコ通いをしていたことを告白しています。

瀬古利彦さんはかなりストイックな感じで真面目な印象を持っていたのですが、実はかなりそっちの方面では凄いんですね。

さらに練習中に日光浴をしていた女性に見とれていて足をひねって大怪我までしていたらしいです(笑)

これはしくじりましたね(笑)

ちなみに瀬古利彦さんはロサンゼルスオリンピックの後にお見合いをして結婚したそうです。

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瀬古利彦はなぜソウルオリンピックでメダル無しだったの?

続く4年後の1988年のソウルオリンピックでも瀬古利彦は力を発揮できず9位という結果に終わっています。

ソウルオリンピックでもメダル無しだったわけです。

ロサンゼルスオリンピックでは体調不良だったわけですが、ソウルオリンピックでは体調はロサンゼルスオリンピックに比べれば良かったはずです。

敗因はソウルオリンピックが行われた1988年は瀬古利彦さんは32歳にもなっており選手としてのピークは過ぎたからというのが大きいでしょうね。

しかしソウルオリンピックの前年に行われたボストンマラソンでは2時間7分51秒の大会記録を保持しているロバート・ド・キャステラや世界歴代2位の2時間7分13秒の記録を持っているスティーブ・ジョーンズジュマ・イカンガーなどそうそうたるメンバーが揃う「世界一決定レース」と呼ばれる大会で優勝しています。

当時世界最強と言われたスティーブ・ジョーンズ氏は

「瀬古はグレート。世界ナンバーワンだ。」

とコメントを残しているほど瀬古利彦さんを世界一と認めています。

なので、年齢的にはまだまだやれそうに思えます。

やはりロサンゼルスオリンピックの時と同じように、夏マラソンというのが一番大きな敗因ではないでしょうか?

どれだけ練習しても夏マラソンを完全に克服するのは難しかったようですね。

ソウルオリンピックの次の第1回国際千葉駅伝でアンカーを務めたのを最後に瀬古利彦さんは引退することになりました。

まとめ

今回は3月13日に放送される「しくじり先生」出演の瀬古利彦さんのオリンピックでメダル無しなのはなぜなのか書いてきました。

いかがでしたでしょうか?

瀬古利彦さんは現在はDeNAのランニングクラブの総監督をしていて、選手の育成に力を注がれています。

是非瀬古利彦さんのような素晴らしい選手が育成されることを願っています。

これからも瀬古利彦さんを応援していきたいと思います。

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